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泣いてる・・・俺の・・・国が・・・(レジャストロニーク・ユーリ)
2026年7月4日出典「俺たちのフィールド」第267話 勝利の代償
合同会社イークルの代表・入江です。漫画が好きです。
サッカー観戦もぼちぼち好きです。
W杯、決勝トーナメントの日本対ブラジル戦、眠い目をこすりつつハラハラしながら観ていました。
結果は残念でしたが、ここ三大会(ロシア、カタール、北中米)いずれも、世界の強豪相手に立派に渡り合っている日本代表チームには、90年代アジア最終予選の往時とは隔世の感があります。最近になって俺フィーやJドリームを読み返すと、もはや日本プロサッカー史・黎明期の教科書のようにも思えてきます。当時の世界レベルとの隔たりがよく描かれていて、これもう今の若い人にはぴんとこないだろうなと。
掲題の台詞はウズベキスタンの選手のものですが、日本代表のドーハはまさにこの表現がぴったりだったように思います。描かれた苦闘が過去のものとなったこと、それ自体は競技レベルの成熟や進歩として大変喜ばしく思う一方、積み重ねた歴史に対するリスペクトを欠く人にはいかがなものかと思う今日この頃です。
若い人とスポーツ談義になったりXを見てたりすると、野球なら大谷翔平選手、サッカーなら久保建英選手や三苫薫選手を称賛する一方で、しばしば昔の選手の映像に対する侮りや嘲りが聞こえてきます。そこに腹を立ててる入江は間違いなく厄介おじさんなのでしょう。でも野球なら野茂英雄選手、サッカーなら中田英寿選手を馬鹿にされると、当時わくわくしながら活躍に胸躍らせていた昔の自分が小馬鹿にされているようで、大変遺憾です。
そもそもほとんどのスポーツが日々進歩しているものなので、そりゃ現代のスーパープレイには太刀打ちできないのは当たり前なんですよ。体操とかフィギュアスケートなんかも昔の金メダリストの技が、現代だと小学生からできたりするわけで。
だからといって過去の積み重ねが見苦しくなるなんてことは絶対になく、むしろその積み重ねがあっての今であるという敬意がね、必要なのではないかとね、思うわけですよ。極端な例え話、「ライト兄弟の飛行機、初日260メートルしか飛べなかったの雑魚すぎる!」とかけなす人いないでしょうと。
温故も知新もどちらも大事にして、二年目も頑張っていきたい所存です。